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「犬塚」と「猫塚」(2)

実在の犬を弔った犬塚としては、長崎県大村市にある「華丸の墓」が有名です。

江戸時代の初期、肥後藩の若い藩主が亡くなった後を追い殉死した小佐々市右衛門前親(こざさ いちうえもん あきちか)という家老が飼っていた愛犬の華丸(はなまる)が、飼主である前親の火葬の火に飛び込んで亡くなりました。

この忠義心を讃えて、飼主のお墓の隣に建てられたものです。

※大村市資料

 

年代など記録が明らかな中では最古の犬の墓とされ、2015年には現地で365回忌が営まれました。

地元の大村市では華丸にちなんだゆるキャラ「義犬華丸」をつくったり、地元の出版社からは華丸についての書籍も発売されています。

※「義犬華丸ものがたり」(長崎文献社、2016)

 

 

日本各地にはほかにも実在の犬を弔った犬塚は多く、例えば次のようなものがあるそうです。

  • 「矢間の墓」(長崎県雲仙市小浜町)

江戸時代、雲仙温泉の湯元だった加藤小左衛門の飼い犬であった「矢間」の墓。「矢間」は手紙を届ける飛脚犬であり、蛇に襲われた家族を助けたりもした。

  • 「皓の墓」(大阪市東大阪市)

江戸時代、大坂で活躍していた浮世絵師で戯作者の暁 鐘成(あかつき かねなり)が飼っていた「皓(しろ)」の墓。鐘成が奈良へ行く途中で賊に襲われたとき、身代わりとなって殺されたのを弔い、建てられた。

  • 「虎の墓」(熊本県熊本市)

明治9年、熊本で起こった新政府に対する士族の反乱である「神風連の乱」に参加した小篠(おざさ)四兄弟の末弟・源三(げんぞう)が飼っていた「虎」は、乱が鎮圧された後、18歳で自刃した主人の死を悲しんで墓前にうずくまって動かず、最期は餓死したという。兄弟の墓と並んで、虎の墓が建てられた。

※参考:小佐々学「日本愛犬史」(日獣会誌66、2013)

 

「華丸」は地元では義犬と呼ばれており、「虎の墓」の表には「義犬之墓」という墓碑銘が彫られているなど、こうした犬たちは主人に忠義を尽くしたという点が共通します。

欧米では、これほど古くから犬の墓がつくられた例はないようです。

全国各地の犬塚は、日本人と犬たちとの深い絆を象徴するものだといえるでしょう。

 

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